The Text of Modern HENRER -verse 22-
「ヘンラー通信 extended remix」
あきもとキンぢ作
「ヘンラー通信extended remix」は、2005年8~9月にかけて四国を遍路した際の路上生活旅の記録を、友人知人に向けて一方的に送りつけたケータイメール版オレ専用スパム媒体「ヘンラー通信」を改変したリミックスヴァージョンです。
真実は路上にある。
路上とは宇宙である。
by オレ
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verse 22
散歩をしているらしきひとの気配で目が覚めた。少し寝坊気味の朝。日は高くなりはじめ、もう暑い。テントを出ると、近所のひとらしきオッチャンが犬を連れて歩いていた。
「おはようざーす」
「おはよう。おヘンロさんか。昨夜はここで眠ったんか?」
これでなにか冷たいものでもと、200円をオセッタイしてくれる。ありがたいぜ。テントを片付けていると、今度はふたり組の散歩オバチャンが「はい、オセッタイ」と、お菓子と冷えたお茶をくれる。今日も朝からカンペキに快調だ。空もよく晴れている。
5kmほど先にある85番を打ってから、国道11号へ再び出る手前でまたまたうどんを喰し、バッテリーフルの軽快な足取りで86番、87番へと向かう。9月も半ばともなると、ピカピカの白装束ユニフォームを着たバスツアーヘンロの数が増え、寺はどこも朝から賑わいを見せていた。旅行業界では真夏はヘンロのオフシーズンとなるようで寺が経営する宿である宿坊も8月中はどこも休業していたが、どうやらシーズン再開の模様である。寺というのは日常空間と地続きでありながら意図的に時空構造を周囲と隔絶させた聖域であるわけだが、これだけひとが多いと一体どちらが非日常空間なのかわからなくなってくる。
そんなわけで、とうとうここまでやってきたかなんて感慨もないまま、オレは87番長尾寺を発った。長尾寺から88番大窪寺までは約12㎞で、ほぼ一本道。歩きやすいけれど車が多くて遠回りにもなる県道からそれて沢沿いに山道を歩き、標高780mほどの女体山山頂をまたいで南側に下りていくと、そこはもう大窪寺である。境内ヘは寺の裏側から入るような格好だ。
大窪寺にはヘンラーの先人たちが旅の間に使用したおびただしい数の金剛杖が奉納されていた。なかなか壮観である。オレは金剛杖の代わりにそのへんに落ちている棒切れ使っていたので、寺ではなく山の中にすでに奉納済みだ。
それにしてもケチガンの瞬間とは、なんとあっさりしたものだろう。本堂の前あたりで大団円を迎えて感動に打ち震えるなんてテンションにはまったくならず、意外にも閑散とした境内をオレはひとりウロついていた。せっかくなので少しは感動しておこうと歩きまわってみたのだ。しかし特別なものは別段なにも込み上げてこず、それどころかもう午後をだいぶまわっていることもあって、早くここを発たないと「八幡」へは今日中に着けない! という意識のほうが強まっている始末である。
別にそもそも急ぐ旅ではないのでゆっくりしていけばよいのだが、今日の遅くとも夜までには「八幡」に行っておかないと、ヘンロ初日オセッタイへのお礼としての宿泊ができなくなる。それにはまだあと20km歩かなくてはならない。時間にして4時間半ほどの距離だ。最早悩んでいるひまはない。すぐに大窪寺を発ち、一路、うどん屋「八幡」を目指すことにした。
山の中を走る県道をひたすら南下。地図で見る限りこれ以外に道はなく、トラックやダンプもよくとおる。途中、農家のオバチャンたちがオセッタイしてくれたジュースやバナナでエネルギーをチャージしながら意気揚々と歩いたが、残り10km地点あたりから脚の重みが急激に増してきた。88番まで打ち終えた安心感からだろうか、これまでの疲れが一気に噴き出しているようだ。靴の内側にも違和感がある。例の左足の小指横にできていたマメがまた復活し、巨大化しているらしい。もうあきらめて、どこかそのへんで野宿しちまおうか。でも「八幡」のオッチャンも驚かせたいしなぁ。
何度ザックを下ろそうと思ったかわからないが、ひとたび休憩しようものなら、もうそのまま身体が動かなくなりそうだった。よし。どっちにしても今日で最後だ。このまま無理してでも歩きとおそう。「八幡」で飯も喰いたいから、到着があまり遅い時間にならないよう、休憩もなるべく入れないようにしよう。マメは宿についてからツブせばいい。疲れは熱い湯につかって癒せばいい。オレにとっては、むしろこっちのほうがケチガンだ。
さらに1時間ほど歩くと、徳島自動車道の高架が見えてきた。これさえ超えれば、「八幡」のあるあたりまであと2~3㎞のはずだ。もう19時近いだろうか。あたりはだいぶ暗い。店、まだやってっかな。急ごう。左足のマメも相当大きくなっているようだ。靴の中で左小指を丸めて、マメがなるべく靴の内側にあたらないようにかばいながら歩く。……疲れたぜ。そろそろ着いてもよさそうなものだが、まだだろうか。
そのときである。ふと遠くに目をやると、なにやら見覚えのある物体が。あの懐かしき看板が見えるではないか。「八幡」。たしかに、そう書いてある。
「おおお!」
しかもあの点灯具合は、いかにもまだ営業中だ。こうなっては最早マメも疲労も関係ない。オレは最大限の急ぎ足で歩き、勢いよく店の扉をあけた。
「いらっしゃいませえ」
声をかけてきたのは、あのときも店にいた若い店員だった。
「こんばんは! おぼえてます?」