04 October 2011

The Text of Modern HENRER -verse 22-


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「ヘンラー通信 extended remix」
あきもとキンぢ




「ヘンラー通信extended remix」は、2005年8~9月にかけて四国を遍路した際の路上生活旅の記録を、友人知人に向けて一方的に送りつけたケータイメール版オレ専用スパム媒体「ヘンラー通信」を改変したリミックスヴァージョンです。



真実は路上にある。
路上とは宇宙である。
by オレ


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verse 22

 散歩をしているらしきひとの気配で目が覚めた。少し寝坊気味の朝。日は高くなりはじめ、もう暑い。テントを出ると、近所のひとらしきオッチャンが犬を連れて歩いていた。
「おはようざーす」
「おはよう。おヘンロさんか。昨夜はここで眠ったんか?」
 これでなにか冷たいものでもと、200円をオセッタイしてくれる。ありがたいぜ。テントを片付けていると、今度はふたり組の散歩オバチャンが「はい、オセッタイ」と、お菓子と冷えたお茶をくれる。今日も朝からカンペキに快調だ。空もよく晴れている。

 5kmほど先にある85番を打ってから、国道11号へ再び出る手前でまたまたうどんを喰し、バッテリーフルの軽快な足取りで86番、87番へと向かう。9月も半ばともなると、ピカピカの白装束ユニフォームを着たバスツアーヘンロの数が増え、寺はどこも朝から賑わいを見せていた。旅行業界では真夏はヘンロのオフシーズンとなるようで寺が経営する宿である宿坊も8月中はどこも休業していたが、どうやらシーズン再開の模様である。寺というのは日常空間と地続きでありながら意図的に時空構造を周囲と隔絶させた聖域であるわけだが、これだけひとが多いと一体どちらが非日常空間なのかわからなくなってくる。

 そんなわけで、とうとうここまでやってきたかなんて感慨もないまま、オレは87番長尾寺を発った。長尾寺から88番大窪寺までは約12㎞で、ほぼ一本道。歩きやすいけれど車が多くて遠回りにもなる県道からそれて沢沿いに山道を歩き、標高780mほどの女体山山頂をまたいで南側に下りていくと、そこはもう大窪寺である。境内ヘは寺の裏側から入るような格好だ。

 大窪寺にはヘンラーの先人たちが旅の間に使用したおびただしい数の金剛杖が奉納されていた。なかなか壮観である。オレは金剛杖の代わりにそのへんに落ちている棒切れ使っていたので、寺ではなく山の中にすでに奉納済みだ。

 それにしてもケチガンの瞬間とは、なんとあっさりしたものだろう。本堂の前あたりで大団円を迎えて感動に打ち震えるなんてテンションにはまったくならず、意外にも閑散とした境内をオレはひとりウロついていた。せっかくなので少しは感動しておこうと歩きまわってみたのだ。しかし特別なものは別段なにも込み上げてこず、それどころかもう午後をだいぶまわっていることもあって、早くここを発たないと「八幡」へは今日中に着けない! という意識のほうが強まっている始末である。

 別にそもそも急ぐ旅ではないのでゆっくりしていけばよいのだが、今日の遅くとも夜までには「八幡」に行っておかないと、ヘンロ初日オセッタイへのお礼としての宿泊ができなくなる。それにはまだあと20km歩かなくてはならない。時間にして4時間半ほどの距離だ。最早悩んでいるひまはない。すぐに大窪寺を発ち、一路、うどん屋「八幡」を目指すことにした。

 山の中を走る県道をひたすら南下。地図で見る限りこれ以外に道はなく、トラックやダンプもよくとおる。途中、農家のオバチャンたちがオセッタイしてくれたジュースやバナナでエネルギーをチャージしながら意気揚々と歩いたが、残り10km地点あたりから脚の重みが急激に増してきた。88番まで打ち終えた安心感からだろうか、これまでの疲れが一気に噴き出しているようだ。靴の内側にも違和感がある。例の左足の小指横にできていたマメがまた復活し、巨大化しているらしい。もうあきらめて、どこかそのへんで野宿しちまおうか。でも「八幡」のオッチャンも驚かせたいしなぁ。

 何度ザックを下ろそうと思ったかわからないが、ひとたび休憩しようものなら、もうそのまま身体が動かなくなりそうだった。よし。どっちにしても今日で最後だ。このまま無理してでも歩きとおそう。「八幡」で飯も喰いたいから、到着があまり遅い時間にならないよう、休憩もなるべく入れないようにしよう。マメは宿についてからツブせばいい。疲れは熱い湯につかって癒せばいい。オレにとっては、むしろこっちのほうがケチガンだ。

 さらに1時間ほど歩くと、徳島自動車道の高架が見えてきた。これさえ超えれば、「八幡」のあるあたりまであと2~3㎞のはずだ。もう19時近いだろうか。あたりはだいぶ暗い。店、まだやってっかな。急ごう。左足のマメも相当大きくなっているようだ。靴の中で左小指を丸めて、マメがなるべく靴の内側にあたらないようにかばいながら歩く。……疲れたぜ。そろそろ着いてもよさそうなものだが、まだだろうか。

 そのときである。ふと遠くに目をやると、なにやら見覚えのある物体が。あの懐かしき看板が見えるではないか。「八幡」。たしかに、そう書いてある。
「おおお!」
 しかもあの点灯具合は、いかにもまだ営業中だ。こうなっては最早マメも疲労も関係ない。オレは最大限の急ぎ足で歩き、勢いよく店の扉をあけた。
「いらっしゃいませえ」
 声をかけてきたのは、あのときも店にいた若い店員だった。

「こんばんは! おぼえてます?」 

 

23 September 2011

The Text of Modern HENRER -verse 21-


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「ヘンラー通信 extended remix」
あきもとキンぢ




「ヘンラー通信extended remix」は、2005年8~9月にかけて四国を遍路した際の路上生活旅の記録を、友人知人に向けて一方的に送りつけたケータイメール版オレ専用スパム媒体「ヘンラー通信」を改変したリミックスヴァージョンです。



真実は路上にある。
路上とは宇宙である。
by オレ


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verse 21

 翌朝早々、さして面白味もない80番国分寺をさっくりと打ち終え、小高い山の中にある次の81番を目指していると、途中、山道から舗装路に出たところでうどん屋を発見。昼飯にはまだ早すぎるが、迷わず立ち寄ることにした。もちろん、ぶっかけ、冷。く~ぅっ、たまらん喉越しだぜ。

 うどんを1分47秒ほどで喰い終えてから、オレはテーブルの上に地図を広げた。残す8寺をまわったら、四国ヘンロの88札所をとりあえず、すべてひととおりまわり終えることになる。しかし地図上で計測してみると、今日中に88番まで一気に行くには、ここからさらに60㎞ほど歩かねばならない。できないこともないが、さすがに無理がある。それに88番まで終えたらそのまま徳島の1番霊山寺まで足を延ばして足跡の輪を閉じることで旅を締めるつもりでいるので、その移動も加えると距離は都合110㎞以上ということになる。3日コースだな。

 よし、徳島入りには明日いっぱい使うことにしよう。今日のところは高松の港近くにある屋島寺まで移動し、そこいらで適当に野宿地を探す。都市部で安心して野宿できる場所を探すのは難しいが、ま、なんとかなるだろう。1番へは明後日の午後イチぐらいに到着予定だ。

 ケチガン。結願と書いて、そう読むらしい。ヘンロ雑学王のホリがいっていた。四国遍路の霊場に認定されているオフィシャルの寺88か所すべて打ち終えることを、ケチガンというのだそうだ。文字どおり願いが結ばれるというわけだ。もっともこのオレが「願」かけなどしているはずもなく、ヘンラー的にはケチガンという概念自体が存在しないともいえるが、「ケチガン」という聞き馴れない島ことばをほうふつさせる語感にはなんとも秘教的な響きが含まれていて、魅力的だ。なるほど明日で「ケチガン」か。

 香川県内にある80番台の各札所間は6~7㎞、長くても12~13㎞程度しか離れていないので、ケチガンに向けて体力をそれほど消費することなく移動できる。というわけで軽い足取りで83番まで終えたところで再び美味そうなうどん屋に立ち寄ってから、傾きはじめた日を浴びつつ高松の繁華街へと入った。街は若者や退屈そうな高校生、買い物のオバチャンたちであふれている。四国とはいえ、このような都市部に来るとヘンラーの存在は完全に浮いてしまい、かえって心地よい。何でもアリの東京に戻っても、こんな具合に浮いていたいと思う。

 繁華街を抜けて国道11号に出、私鉄電車屋島駅の脇を進むと、目指す84番屋島寺はもうすぐそこだ。血に飢えた蚊の襲撃をかわしながら、山門まで1.5㎞ほど続く急な坂道を登っていく。日は沈みかけている。誰もいない薄暗い境内。この日の営業をすでに終えた寺で参拝を手早く済ますと、真っ暗になる前に野宿ポイント探しに移った。

 思ったとおり屋島寺がある一帯はちょっとした公園になっているようで、その気になればどこにでもテントを広げられそうだ。境内を出て少し歩くと、港や周辺の街並みが一望にできる東屋が見えてきた。そこでザックを下すことにする。

 考えてみたら、今夜は最後の野宿である。というのも明日は宿に宿泊する計画だからだ。

 先に書いたとおり、明日、88番大窪寺まで打ってケチガン後はそのまま1番札所を目指す予定だ。だがその場合、屋島寺からの移動距離は計約80㎞。1番に着くころには真夜中だ。そこで明日の晩はヘンロ開始初日に世話になった徳島のうどん屋「八幡」に一泊させてもらおうと考えたわけである。あのときみたいに店のクルマの中で寝かせてもらおうとも思ったが、オセッタイされっぱなしってのもどうか。「八幡」はうどん屋のほかに宿も併設している。今度はちゃんと金を払って泊まろう。オレなりのお礼参りだ。

 実はこのアイデア、「八幡」にオセッタイしてもらったヘンロ初日から、なんとはなしに温めていたものだった。全部まわり終えたら、またここへ寄ってうどんでも喰いながら、その報告と礼をしようと。オッチャン、オレをおぼえているだろうか。もしおぼえていてくれたなら、ちょっとしたサプライズになる。

 前日に続いて今日も37km程度しか歩いていないので身体は疲れていないが、明日は40㎞のK点超えどころか50km近く歩くことになりそうだ。しっかり早めに眠っておこう。







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05 September 2011

The Text of Modern HENRER -verse 20-




「ヘンラー通信 extended remix」
あきもとキンぢ




「ヘンラー通信extended remix」は、2005年8~9月にかけて四国を遍路した際の路上生活旅の記録を、友人知人に向けて一方的に送りつけたケータイメール版オレ専用スパム媒体「ヘンラー通信」を改変したリミックスヴァージョンです。



真実は路上にある。
路上とは宇宙である。
by オレ


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verse 20

 グレゴリオ暦のカレンダーは9月半ばになっていた。ここまで来たら、あと3日ほどで徳島の1番札所に凱旋することになりそうだ。38夜前、東京を発った新月の晩にはじまったエピソードはいま、ひとつの区切りを迎えようとしていた。

 そういえばこのところヘンラーの姿を一時期ほど多くは見ていない。夏の休暇を利用して旅に出ていたヤツらの多くはもう地元に帰り、何喰わぬ顔をして社会という囲いの向こうで「日常」を取り戻しているにちがいない。

 広島や岡山あたりから週末のたびに四国へやってきては、少しずつ歩きヘンロを続けているというようなリーマンは実際、多かった。ホリなら「“区切り打ち”ですね」と専門用語で呼ぶところだろう。金曜の夜から日曜の夜までの短い間、重いスーツを脱いで路上を転がりにくるなんて、毎週末、最高のおしゃれをして踊りに繰り出す『サタデーナイトフィーバー』のトニーみたいで、なんだかファンキーだ。知ってるぜ。お前らウィークエンドヘンラーたちも路上で発見しちまったんだろ。てめーが地球の上で生きてるってリアリティを。

 連中が普段、組織の中で生きているのだとしたら、彼らの日常は少なくとも真実ではない。組織とは幻想に過ぎないからだ。ところがあらゆる組織は幻想でありながら、いかなるときもつねに個より優先される。組織そのものを存続させるために。そして哀れなことに、いったん組織に所属した個は組織への依存なしでは生きられないよう去勢され、がんじがらめに調教されるため、気づかないうちにみずからの意思で個を放棄してしまうことになる。だがいうまでもなく、それは真実の放棄にほかならない。個こそが唯一の真実なのだから。だとすれば個を再確認させてくれる路上という宇宙は、組織の側にくみしないものどもにとってのサンクチュアリだ。だからこそ真実は路上にある。

 香川県は札所間の距離が短いうえ札所の多くが市街地に立地しているため、移動が楽だ。こんな具合に頭の中で小理屈をこねまわしている間にも、善通寺、丸亀、坂出を抜け、79番までオレは打ち終えていた。どうやらヘンロの旅は、順当に1番から反時計まわりで歩いた場合、ラストは楽チンなソフトランディングで終わらせてくれるようだ。くわえて周囲には讃岐うどん屋がいたるところにあり、うどん好きのアメリカ人、ベンジャミンあたりにはまさにパラダイスだったことだろう。「喰う」のが大好きだったデブのホリも、ここまで来てれば思い残すこともなかったろうに。なるほど讃岐を「涅槃」とはよくいったものだ。オレも当然、朝昼晩すべてうどん。「涅槃」はうどん三昧なのだった。

 今夜の野宿地は明朝一番に訪れる80番国分寺に隣接する公園にした。ここはかつての旧国分寺の跡地ということらしいが、着いたころには陽が落ちてあたりはだいぶ暗くなっており、よくわからない。もっとも明るかったとしても、そんなものにはまったく興味はないのだが。

 公園にはひとりの先客、ずんぐりしたオッチャンがテントを広げていた。バイクで旅しているのだろう、テントの横に大型スクーターが停めてある。軽く挨拶だけして、暗がりの中でオレも寝床をつくることにする。テントを設営し終えると、いつものごとく公衆トイレの水道で今日一日着た下着とTシャツを洗い、そのへんに生えている木に洗濯ひもを渡して干した。

 夕方にはうどんを喰っているので食事は必要ないのだが、すぐ近くに小さな商店があったので、街灯に吸い寄せられる蛾よろしく誘われるように入ってみた。疲れた身体がカロリーを欲しているのか、はたまたベンジャミンの影響か、気づくとオレはアンパンとファンタパイナップルを手に取っていた。両手にダブルスイーツ。完全にデブ嗜好じゃないか。冷静に考えると相当に気持ち悪いセレクトだ。金を払って店を出るとテントへは向かわず、すぐ目の前にある国分寺の山門に腰を下ろしてさっそくパクつきはじめる。ジャンクフードは聖域で喰うのが一番うまい。振り子の原理である。祭りのとき神社の境内に夜店が並ぶのと同じ理屈だ。

 がっつり喰ったら、明日朝一番に訪れるこの寺に向かってゲップで挨拶。今日は36㎞ほどしか歩いていないのでそれほど疲れてもいないのだが、満腹感によってもたらされた激しい眠気にあっさり白旗を上げ、残り少ない四国の夜を満喫する間もなくオレは眠りについた。






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22 August 2011

The Text of Modern HENRER -verse 19-




「ヘンラー通信 extended remix」
あきもとキンぢ




「ヘンラー通信extended remix」は、2005年8~9月にかけて四国を遍路した際の路上生活旅の記録を、友人知人に向けて一方的に送りつけたケータイメール版オレ専用スパム媒体「ヘンラー通信」を改変したリミックスヴァージョンです。



真実は路上にある。
路上とは宇宙である。
by オレ


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verse 19

 雲辺寺の北側の麓を発ち、5kmほど先にある67番を打ち終えた時分から空模様は落ち着きを見せはじめた。カッパを脱いで軽くなった足取りで、67番から10km圏内にある68、69、70番まで一気にまわる。このあたりにも瀬戸内の海沿いに道の駅があるはずなのでテントを広げられるのだが、ベンジャミンの翌日の待ち合わせのことも考慮し、次に行く71番すぐ手前にある温泉施設併設の道の駅までさらに足を延ばすことになった。

 70番からさらに10km。あたりは真っ暗に暮れている。おまけに小さな路地の多い一角に入り込んでしまい、目指す道の駅はすぐ近くのはずなのに、なかなか見つからない。やがて蛍光灯の明かりをこうこうと灯した小さなうどん屋があらわれたので、客のいない店内でナイターを見ながらひとりビールを飲んでいた店主と思われるオッチャンに道を尋ねてみた。ぶっきらぼうなコワモテ親父がぬぅっと顔を出す。

「だったらウチの横の細い道を突っ切ると広めの道路に出るから、それを左に道なりに行くと近道。温泉の看板が見えてくるから。ちょっと兄ちゃんたち、待ってな」

 オッチャンは奥の冷蔵庫から自分が飲んでいたのと同じスーパードライの350ml缶を2本取り出し、「飲みな」と渡してくれた。考えてみれば、アルコールのオセッタイは初めてだ。ちなみにベンジャミンは高知の漁師町で酒オセッタイを受けていた。このときはゲロまみれになるほどダイナミックに飲まされ、翌日は二日酔いで使い物にならなかったそうである。

 道の駅は遠くまで町を見渡せる高台にあった。駐車場は入浴客の車でいっぱいだ。温泉施設はかなり大きかった。鉛のような身体を引きずって、それでもなんだかんだで今日も40km以上歩いている。こりゃもうゆっくり湯につかるしかないでしょ! 意気揚々と入浴券売り場に行ってみたまではよかったのだが、「大人1500円」とある。あっさりあきらめ、外にある無料の足湯で我慢することにした。

「ぷはぁ~~、やっぱビールは足湯のあとに限るな」
 まぁまぁな夜景を見下ろし、オレたちはスーパードライで乾杯した。
「キンぢはヘンロが終わったら、次のアドヴェンチャーは決まってる?」
「とりあえず和歌山だな。マウントコーヤに行くよ。四国全部打ち終えたら、“お礼参り”つって徳島から海を渡った向こうにある高野山って山の上にある寺に行くのが、ヘンロ後のフォーマルな手順になっているらしいんだ」
「それホリサン情報?」
「ホリもそうだけど、いろんなやつから聞いた。距離は短いから、和歌山港から2~3日で歩けるらしいぜ。その寺に弘法大師が眠ってんだってよ。いまもミイラがあるって話だ。たぶん見れないけど。ベンジャミンは?」
「もうしばらく日本で過ごしてからアルゼンチンに行こうと思ってるって話はしたよね? で、次にトライすることはまだ決まってない。そのうちいつかアメリカのアパラチア山脈沿いを歩く3500kmのロングトレイルは挑戦してみたいけどね」
「アメリカ版ヘンロだね。すっげぇ面白そう。オレも日本に飽きたら次はそっちでヘンラーだな。まだまだ飽きそうにないけどね。ベンジャミンもアルゼンチンで書店のオヤジやりながらヘンラーデイズを送るしかないね。つーかヘンラーでいる限り、どこでどんな人生送ろうと全部ヘンロ。なぜならそれがヘンラーだから」
「山にいようとオフィスにいようと」
「そして雨が降ろうと槍が降ろうと核ミサイルが降ろうと。オレらしょせん人間ごっこしてるだけなんだから、人間であることを楽しんどかねえとな。それがヘンラースピリット。あぁ~、なんかオレいま、すっげぇ名言はいてる気がする。いいかベンジャミン、日本人としていっておくが、これこそ真のブッダの教えだ!!」
「おお! オレもそう思うよ!!」
 ベンジャミンが本気でそう思っていたかは定かでない。

 スーパードライを飲み干したオレたちはアイスキャンディの自販機の前に立っていた。ベンジャミンがなにやらマズそうなアイスを購入している。オレも真似をして雪見だいふくを買ってみた。……おお、この甘さは疲れた身体に効きまくる。解脱しそうだ。

 いつしか温泉施設の明かりは消え、駐車場はがらんどうになっていた。施設敷地内の建物と建物の間の通路に勝手につくったオレたちの寝床の脇を警備員が巡回して通り過ぎていく。中にはヘンロのフリをしてこういった場所に潜み、窃盗や強盗を働こうという輩もいるだろうが、少なくともオレたちは不審者に見えなかったらしい。薄汚れたデカいザックやテントを見ればわかるか。ベンジャミンはケータイメールを打っている。明日の打ち合わせだろう。雪見だいふくの甘い刺激に脳を溶かされたまま、歯もみがかずにオレはテントにもぐりこんだ。

 翌日、最初に訪ねた71番は道の駅の目と鼻の先にあった。寺には興味がないのでたいていはチャントだけ済ますとすぐに発ってしまうのだが、ここは断崖に囲まれ、岩窟を利用した堂があったりと珍しい構造をしており、なかなかおもしろい。
「ベンジャミン、最後だからちょっと観光していこうぜ」
「いいね。この寺はすごく神秘的な感じがするよ」
 磨崖仏など見どころごとに立てられた表示板の日本語解説を訳して教えてやった。もちろんオレのニセ英語で言語化できる部分だけを抽出してである。くわえてそもそもオレ自身、弘法大師とやらがここでなにをどうしようがまるで興味がなかったので、説明はさらにテキトーになってしまう。たぶんベンジャミンにはちゃんと伝わってないだろう。
「ま、細かいことはあとで本でも読んで調べてよ。興味があったらの話だけど」
 実質的にはそれは観光というより、残された時間を名残惜しむための時間つぶしに近かった。

 72番と73番はそこから3km程度しか離れていないので、のんびり歩いてもあっというまに着いてしまう。両方を打ち終えたところでベンジャミンのケータイが鳴った。
「ここで待ち合わせることになったよ」
「OK、じゃあ気をつけてな。トモちゃんによろしく。ホリの伝説もちゃんと語り継いどいて」
「ホリサンとキンぢの話は彼女にもうしてあるよ」
「ほんじゃま、またどっか地球の上で、この星が丸いうちに。楽しかったよ」

 再びオレはひとりにもどった。






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06 August 2011

an introduction to The Text of Modern HENRER





The Text of Modern HENRER

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